和歌山地方裁判所 昭和47年(ワ)99号 判決 1974年3月18日
原告
林修治
ほか二名
被告
赤井美宣
ほか一名
主文
被告赤井美宣は原告林修治に対し金一〇〇万二、〇〇〇円、原告林正子および同林正明のそれぞれに対し金四五万二、〇〇〇円ならびにそれぞれにつき昭和四五年一月二二日から完済まで年五分の割合による金員を付加して支払え。
原告らの被告赤井美宣に対するその余の請求および被告中山正隆に対する請求を棄却する。
訴訟費用は、原告らと被告赤井美宣との間においてはこれを二分しその一を原告らの連帯負担としその余を同被告の負担とし、原告らと被告中山正隆との間においては原告らの連帯負担とする。
この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告らは各自原告林修治に対し金二一八万二、一六九円、原告林正子および原告林正明のそれぞれに対し金一〇六万二、一六九円ならびにそれぞれにつき昭和四五年一月二二日から完済まで年五分の割合による金員を付加して支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告赤井美宣
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
三 被告中山正隆
原告の請求を棄却する。
第二当事者の主張
(請求の原因)
一 訴外林豊実子は、昭和四五年一月二一日午后一時頃、自動二輪車(以下、自二という)を運転し、和歌山県有田郡吉備町西丹生付近県道上を東進中、折から対向して来た被告赤井美宣運転の普通貨物自動車(以下、加害車という)が、右側ガソリンスタンドに入るべく道路を横断して来たことにより、同車後部に自二を接触させ、その反動により対向車線内に入つたところ、加害車に続いて対向して来た被告中山正隆運転の普通貨物自動車(以下、中山車という)と衝突して、死亡した。
二 右事故発生につき、被告赤井は、対向車線を横断するに際し、対向車の安全を確認のうえ横断を開始すべきであるのに、これを怠り漫然横断した点に過失があり、また、被告中山は、先行する加害車が対向車線を右に横断しようとしたときには、道路幅員、対向車両の有無等を考慮し、停車もしくは道路左端を徐行すべき注意義務があるのに、これを怠り、時速約三〇キロメートルのまま進行した過失により、自二が横断車を避けるため、自車進路内に入つて来た際これとの衝突を回避することができなかつた点に過失がある。
三 被告赤井は、加害車の所有者であり、被告中山は中山車の所有者であるから、いずれも、民法七〇九条、自賠法三条により本件事故の結果発生した損害を賠償する責任がある。
四 原告林修治は、林豊実子の夫であり、原告林正子および原告林正明はいずれも同女の子であつて、原告らは各自三分の一宛の相続分で同女の地位を相続した。
五 本件事故により林豊実子について生じた損害は、次のとおりである。
1 逸失利益 四七〇万七、〇三四円
林豊実子は、本件事故当時、峠原総合建材店に事務員として動務し、年収四二万八、二〇〇円をえていた。女子有職者の年間生計費は一八万八、四〇〇円であるところ、同女は、事故当時満三二才であり、満六三才まで就労可能であるから、昭和四七年一月二〇日までの逸失利益は四七万九、六〇〇円となり、以降六三才までのそれをホフマン式により年五分の中間利息を控除して算出すれば、四二二万七、四三四円となる。
2 葬儀費用 一一万九、四七五円
右の林豊実子について生じた損害合計額は、四八二万六、五〇九円となるところ、原告らはそれぞれ右損害賠償請求権を三分の一宛を承継取得した。
六 原告らは、各自民法七一一条により固有の慰藉料として、原告修治が二〇〇万円、原告正子および原告正明がそれぞれ一〇〇万円を請求する。
七 原告らは、本件事故による前記各損害に対する補償として、自賠責保険より五〇〇万円を支給されたから、各相続分にしたがい、按分すれば、各自の取得額は、一六六万六、六六七円となる。
八 よつて、残存損害額は、原告修治分は一九四万二、一六九円、原告正子および原告正明の各自の分は九四万二、一六九円となる。
九 原告らは、本件損害賠償の請求を弁護士に委任して行わせているものであるところ、弁護士費用として、着手金は請求金額の約三分、報酬は勝訴額の一割をそれぞれ支払うことを約束している。よつて、原告ら各自の弁護士費用は、原告修治分二四万円、原告正子分および原告正明分それぞれ一二万円であるので、その賠償をも求める。
一〇 以上のとおりであるので、原告修治の損害額は二一八万二、一六九円、原告正子および原告正明のそれぞれの損害額は一〇六万二、一六九円となるので、被告ら各自に対し、右金額に本件事故発生の翌日である昭和四五年一月二二日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を付加して支払うべきことを求める。
(被告赤井の答弁)
一 請求原因第一項は認める、第二項中被告赤井の過失を争う、第三項中被告赤井が加害車の所有者であることは認める、第四項は認める、第五項は各損害額を争う、第六項は争う、第七項は認める、第九項は不知。
二 被告赤井は、対向して来ていた自二を認めていたが、同車との距離は相当あつたので、対向車の正常な進行を妨げることなく右に横断できるものと考え、合図をしながら横断を開始した。しかるに、林豊実子は、加害車の合図を認めながら、高速度で接近して来て加害車の後部左側先端部に自二の左ハンドルグリツプを軽く接触させて、安定を失い、自ら対向する中山車と正面衝突したのである。したがつて、林豊実子は、若干減速し、或は、やや右に進路を変えて進行すれば、本件事故を避けえたのに、これを怠つた点に重大な過失がある。
(被告中山の答弁)
請求原因第一項は認める、第二項中被告中山の過失は否認、第三項中被告中山が中山車の所有者であることは認める、第四項は認める、第五項は不知、第六項は争う、第七項は認める、第九項は不知。
(被告中山の抗弁)
本件事故は、被告赤井および被害者林豊実子の過失によつて発生したものであつて、中山車には構造上、機能上の欠陥も障害も存しなかつたから、被告中山は、本件事故に基く損害につき、自賠法三条の責任を負ういわれはない。
(被告らの抗弁)
仮に、被告らに本件賠償責任があるとしても、林豊実子は、本件事故により応急処置料として一万四、九六八円を要し、これは被告赤井において負担支払ずみであるところ、原告らは、自賠責保険に対し被害者請求をなし、請求原因第七項の五〇〇万円の補償金のほかにさらに右応急処置料に対する補償金として一万四、九六八円の支給を受けているから、本件賠償の請求より右の合計金額を控除されるべきである。
(抗弁に対する答弁)
被告中山の抗弁は否認、被告らの抗弁は認める。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因第一項は当事者間に争いがない。
右の争いのない事実と公文書であるから〔証拠略〕を総合すれば、
(一) 本件事故現場は、東西に通ずる幅員六・三メートルの歩車道の区別のない県道であつて、ほぼ直線で、事故現場より東方は約二〇〇メートル、西方は約五〇〇メートル見通しが可能であり、アスフアルト舗装されている。速度制限はない。事故地点の約三二メートル東方に横断歩道がある。現場の北側に県道に接して間口一三・四五メートルのガソリンスタンド給油用駐車場がある。
(二) 被告赤井は、加害車を運転し、時速約三〇キロメートルで東方から本件事故現場に接近し、県道北側のガソリンスタンド駐車場に入るため減速しターンシグナルランプにより右に横断する合図をした際、約五〇メートル前方に対向して来る自二を認めたが、同車が接近する前に自車の横断が完了するものと考えて、対向車線の横断を開始し、ガソリンスタンド駐車場に自車前部が入り、後部が未だ対向車線上にあるとき、自二が左ハンドル部を加害車後部に接触させ、その衝撃で安定を失い反対車線内に進入し、折から対向して来ていた中山車と正面衝突した。
(三) 被告中山は、中山車を運転し、加害車の約三〇メートル後方からこれに追従して西進し本件事故現場付近に接近したところ、加害車が右に横断する合図をしながら一旦停車することなく対向車線を横断して北側のガソリンスタンドに入りかけた。被告中山は、折から対向して来ていた自二が、加害車後部に左ハンドルを接触させて安定を失い、対向車線内から中山車の進行車線内に飛び出して来たので、急停止の措置を講じて停車したところへ、自二が激突し、林豊実子は路上に倒れた。
(四) 林豊実子は自二を運転し、時速約五〇キロメートルで事故現場に向い東進中、折から対向して来ていた加害車が一旦停止の措置をとることなく、ターンシグナルランプによる右横断の合図をしたのみで自車進路を斜めに横断して来て、これが進路を塞ぐ形となつたので、右にハンドルを切つてこれを避けようとしたが、避け切れず、ハンドル左先端部を加害車後部に接触させ、その衝撃により安定を失い、対向車線内に進入して、折から対向して来た中山車と正面衝突して、路上に転倒した。なお、林豊実子は、衝突前ブレーキ操作をした形跡がない。
以上のとおり認められる。
したがつて、被告赤井には、対向車線を横断するに際しては、一旦停車して対向車の動静を十分注視し同車の正常な交通を妨げない方法で横断すべき注意義務があつたに拘らず、折から対向して来ていた自二を認めていながら、一旦停車もせず、同車の速度等に注意を払うこともなく、漫然同車の進路を遮るようにして横断を開始した過失があるというべきである。
次に、林豊実子の過失の有無について考える。横断車には他車の正常な交通を妨害してはならない義務が課せられているのであるから、横断車である加害車に較べ、直進中の右豊実子に課せられる注意義務は軽度のものであることはいうまでもない。しかし、既に、対向車が横断を開始した場合においては、これとの衝突を避けるため減速等相当の措置を講ずべき義務あることは、運転者の全てに対し道路交通法七〇条により一般的な安全運転義務が課せられていることに照らして自明のことである。してみれば、対向する加害車が既に右横断の合図をなし、約五〇メートル前方において横断を開始していたに拘らず、豊実子においてブレーキ操作をなした形跡の認められないものであること前判示のとおりであるから、右豊実子には、前方注視を怠つたことによる加害車の横断開始の発見の遅れ、または、右横断を認めながら減速措置を怠つた過失があるものと推認される。もつとも、〔証拠略〕によれば、事故後実況見分されたところ、自二のチエンジがローギヤの方に入つていたことが認められるが、自二のギヤアチエンジは足踏み式レバーによつて行う構造となつているものであることは公知のところであるから、豊実子が衝突直前に足を踏み込むことによりローギヤに入つたことも十分予想され、また、かりにそうではないとしても、中山車との正面衝突の衝撃力の作用によつてローギヤに入つた可能性も否定しえないのであるから、前記のチエンジがローギヤに入つていたことを理由に、直ちに、豊実子において衝突前に適切な減速操作をなす義務を尽していた事実ないし低速度で進行していた事実を認定することはできない。
原告は、被告中山にも、先行車が対向車線を横断しようとしたときには道路の幅員、対向車両の有無等を考慮し、停車もしくは道路左端を徐行すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失がある旨主張するので、判断を加える。〔証拠略〕によれば本件事故現場の道路には中央線が設けられ、東行、西行各一車線となつていることが明らかである。かかる道路上においては、自動車運転者は、対向車が追越等特段の必要のない限りみだりに自車進路内に進入して来ることはないものと信頼して進行することが許される、また、先行車が対向車線横断の措置に出たときにおいても、対向車がこれとの衝突を避けるべく減速等の措置に出ることにより交通の安全を確保するものと信頼して進行することが許されるものと解される。したがつて、横断車と接触した対向車が安定を失つて突如自車進路上に飛び出して来るが如き事態について予見義務を課することは、不可能を強いるに等しいものというべきであるから、被告中山に対しては、本件事故につき過失責任を問うことはできない。
本件事故は、被告赤井と被害者林豊実子の両名の過失によつて発生したものと認めるほかない。
被告中山が中山車を所有していたものであることは同被告において自白するところである。しかして、〔証拠略〕によれば、中山車は本件衝突事故時まで特段の異状もなく走行を続けて来ていたものであることが認められるから、他に中山車の構造上の欠陥ないし機能上の障害を推測させるような特段の事情の認められない本件においては、中山車には構造上の欠陥または機能上の障害はなかつたものと認定すべく、また、前記認定のとおり、被告中山には本件事故につき特段の注意義務の懈怠は認められないのであるから、同被告は、民法七〇九条の過失責任も自賠法三条の損害賠償責任も負わないものである。
被告赤井が加害車を所有するものであることは同被告において自白するところであり、かつ、同被告が本件事故発生につき過失のあるものであることは前判示のとおりであるから、同被告は、民法七〇九条および自賠法三条に基き、被害者林豊実子の死亡による損害を賠償する責任がある。
二 次に被告者豊実子について生じた損害について、判断する。
(一) 逸失利益
〔証拠略〕によれば、被害者豊実子は、昭和一三年一月三日生の健康な女子で、本件事故当時、峠原建材店に事務員として勤務し、昭和四四年一年間で合計三九万六、一〇〇円の給与の支給を受けていたことが認められる。したがつて、右豊実子は、満六〇才に達するまで、二八年間就労可能だつたものと認められ、その所得額に照らし、その二分の一を必要生活費として控除するのが相当であるから、ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故発生時における逸失利益を算出すれば、396,100円×1/2×17,2211=3,411,000円(ただし、千円未満は四捨五入)
三四一万一、〇〇〇円となる。
(二) 葬儀費
〔証拠略〕によれば、右豊実子の葬儀費として合計一一万、九千、四七五円を要したことが認められるところ、これは全額相当因果関係ある損害と認められる。
(三) 応急手当費
被害者豊実子につき、本件事故の結果、応急手当費として金一万四、九六八円を要したことは当事者間に争いがない。
三 被害者豊実子について直接生じた右の各損害合計額は、金三五四万五、四四三円となるところ、本件事故発生につき、豊実子自身にも若干の過失のあつたものであること前判示のとおりであるから、この過失を斟酌すれば、過失相殺として約一割を控除した金三二〇万五、九三六円をもつて、前記各損害に基く賠償額とするのが相当である。
四 原告林修治が被害者林豊実子の夫であり、原告林正子および原告林正明の両名がいずれも同女の子であることは、当事者間に争いがない。
しかして、原告らは、それぞれ、民法七一一条に基き近親者として固有の慰藉料を請求するので、考えるに、被害者林豊実子との身分関係、本件事故の態様、加害者、被害者双方の過失の程度その他一切の事情を斟酌すれば、慰藉料の額は、原告林修治については金一五五万円が相当であり、原告林正子、同林正明の両名については各自その請求額たる金一〇〇万円を下らないものと考える。
五 被害者豊実子の本件事故による応急処置料一万四、九六八円は、被告赤井において、全額負担し支払ずみであること。および、原告らにおいて、自賠責保険に対し、本件事故による損害賠償額の支払請求をなし、右応急処置料に対する補償金一万四、九六八円および死亡に基く補償金五〇〇万円の合計五〇一万四、九六八円の支給を受けたことは、当事者間に争いがないから、結局、原告らは、本件事故による損害に対し、合計五〇二万九、九三六円の給付を受けたこととなる。
右給付額は、先ず、被害者豊実子に生じた損害に対する前記賠償額三二〇万五、九三六円に充当されるべく、残額は、原告らの固有の慰藉料額にその相続分に応じ均分して充当されることになる。
したがつて、原告らの残存慰藉料額は、原告修治については金九四万二、〇〇〇円、原告正子、同正明の両名については各自金三九万二、〇〇〇円となる。
六 原告らは、弁護士に委任して本件損害賠償の請求をなしているものなるところ、〔証拠略〕によれば、弁護士費用として、既に、本件請求額の三分の着手金を支払い、さらに、勝訴額の一割の報酬を支払う約束をしていることが認められるところ、右弁護士費用のうち、原告らそれぞれにつき金六万円のみが相当因果関係ある損害と認める。
したがつて、被告赤井は、本件損害の賠償として、原告修治に対し金一〇〇万二、〇〇〇円、原告正子および同正明に対しそれぞれ金四五万二、〇〇〇円を支払う義務があるものといわざるをえない。
七 以上のとおりであるから、原告らの本訴各請求は、被告赤井に対し原告ら各自において右各金額およびこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四五年一月二二日から完済まで民法所定年五分の割合による法定利息の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条九三条一項、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 金澤英一)